親愛なる
正直言って、お前は1番じゃない。というより、お前は3番目。最初から数えて3番目になることを許して欲しい。許して欲しいと思うことは他にももっと色々あるんだが、まあそのあたりもまとめて許してくれるとありがたいね。
さて、3番目になったお前は、今どんな気持ちでこれを読んでいるのだろうか。俺は「途方もなく怒っている」に賭けているんだが、相棒は泣いているに違いないと言っている。賭けの結果を確かめることは出来ないので、もし相棒が勝っていたら撫でてやってくれ。相棒だけはちゃんと帰すつもりだ。悪いけど。
出会ってすぐの頃のお前は、と言って昔を思い出す気はないのだが、如何せん俺も歳かね、なんだか当時のことばかり浮かんできて、それで回りくどくなってしまっている。時間も紙もインクももったいないったらねぇな。どうしてこんなアナログな手法で書いてるかって?それも歳のせいにしてくれて構わない。懐古趣味はアイルランド人の気風だ。そういうことだ。
お前をアイルランドに連れて行きたかったよ。
宇宙にいると、時々日差しや風や空なんかのことを忘れそうになる。俺のいた街はしょっちゅう曇っていて、空が低くて小雨が多かった。晴れた日は大抵寒かったし、風は冷たかったかな。こう書くとお前は眉をしかめそうだけれど、まあ大体本当だ。俺はわりと本当のことしか言わないんだ。知ってるだろ?
お前がもし、曇りも小雨も寒いのも重力も、そして俺のこともそんなに嫌いでなかったら、いつかお前を連れて行くつもりだった。都会みたいに人も多くねぇし。重力からは逃げられないが、そもそも俺達が逃げられるものってそんなに多くないだろ、もともとさ。お前は多分いつもどおりのカーディガン姿で来るから、そしたら俺が古臭いコートを貸してやって、仏頂面のお前と傘さして歩くわけだ。飲みに行ったっていい。本当のところお前は何歳なんだ?実はものすごく年上だったら、その場はおごって貰いたい。……いや、やっぱり俺がおごるかもしれない。文章に……なんてつけると恥ずかしいな。初めて知った。
字がブレてきたので早めに切り上げようと思う。
俺はきっと帰ってこないだろう。これは諦めでも願望でもなくて、なんというか、淡々とそこにある結果みたいなものだ。謝るべきなのかそうでないのかは良く分かんねぇから、つらつら書いてみたが、やっぱり上手いこと言葉にならなかったよ。顔見て話が出来ればとも思ったけどな、時期的に、或いは戦況的に、上手くいかなかった。人生上手くいかないことの方が多いよ。これは俺だけじゃなく、お前も、あの聞かん坊も、複雑なあいつらも、痛いほど知っていることだと思う。どうしてあの時、なんであんなことを、と悔やむなんてしょっちゅうだ。
だから、悔やむな。
今もしここでお前が飛び込んできても俺は行くし、聞かん坊に殴られたって俺は行くし、あいつらに諭されたって俺は行くよ。悔やむことはない。これは結果だ。そんでもって過程だ。逆転しようが矛盾しようが、変わらない。俺は行き、相棒は帰ってきて、お前達は生きる。勝手で悪いなとはちょっと思っている。本当だ。俺は本当のことしか言わないさ。
だがもしも、何か色々な齟齬が起きて(安っぽく奇跡と言っても良い)、俺も相棒も帰ってきて、それであらゆることが落ち着いたら、その時は俺とアイルランドに行こう。寒いのが厭なら南でも良い。海が綺麗なところだ。良く考えたら俺とお前は戦術と作戦と説教についての会話しかしていない気がするんだ。なんてこった。海辺を延々と歩いてよく分かんねぇ話をしよう。お前はやっぱりいつもどおりのカーディガン姿で来るだろうから、そしたら俺が先に靴を脱いで海に放り投げてやる。なんなら上着も捨てちまっていいぜ。で、仕方ないですねと言ってお前もそれに付き合うんだ。悪くない話だろ?
半分になった視界はとても不便で、数十センチ先の文字も揺らぐ程だけれど、それでも目的を果たすのには何の不安も無いんだ。最初に刹那へ思いのままを書きなぐって、次にアレルヤとハレルヤに言葉を選んで長く書いたから、ちょっと疲れて悪筆になっちまっただけなんだ。お前には、思いのままを、他にひとつの選択肢もないくらい正確な言葉で、伝えたかった。3番目のお前に。どうか怒らないで欲しい。賭けのことを最初に書いたが実はどうだっていい。泣いているお前はなんだか別人なのでそれも厭だ。
できたら笑って、この手紙を閉じてくれ。
出撃を前に 見果てぬ海にて
愛をこめて
Neil Dylandy