どのくらい歩いたのか、気づくと目の前に小さな洞窟のようなものがあった。ロックオンは短く口笛を吹いて、雨宿りしようぜ、と笑った。ここまで濡れておいてと思ったが、それよりも彼に腕を掴まれるほうが早い。一周こそしないものの、しっかり回りついた指から静電気のように熱が流れ込んで、生き物の実感に皮膚が痛む。
「豪雨だな」
「ええ、」
ロックオンはまたあの不思議な匂いの紙煙草を銜え(よく湿気なかったものだ!)、目を伏せて火を擦った。まつ毛の先に水の雫がついている。ふう、と低く吐き出された煙に揺れて、雫は頬の上を滑り落ちた。顎を伝い、開かれた襟元で砕ける。鎖骨の上で消えてなくなった幾つもの雨の粒。言葉を発するのも躊躇われるほどの、静かな消滅だ。自分の首下で死が繰り返されていることなど知りもしないロックオンは、わずらわしげに頭を振った。濡れた髪から雫が飛ぶ。ああ濡れた濡れた。今更ですか。そうだな。
「それにしてもお前、凄いね」
「は?」
「ワックス塗った車のボンネットみたいだ―――分かるか、この喩え?」
「いえ全く」
「だよなぁ」
濡れて重くなった手袋が近づいてくる。あっと思った時にはごわついた皮の感触が、
「……なんですか」
左手だ。また、左手。頬を包むように添えられた黒い左手。目の下を親指が緩くなぞる。何度か行き来する親指と違い、残りの四本は耳の後ろでじっとしている。驚くほど冷静にひとつひとつの動きを理解しようとしている自分に気づいて、意図せず息がもれた。一挙一動を分析しようとしているのか。自分の目と感覚だけで、この男の底を浚おうとでもしているのか。
「いや、……雨の雫がさ、」
ここを伝って。すっと下げられた親指が、唇の上で止まる。誤魔化せばいいものを、こんな時だけ真顔になるからタチが悪い。溶かした翡翠色の目の中に、同じくらい無表情の自分が見えた。これは単なる困惑なのだけれど―――期待ではなく。
「綺麗にはじけてさ。なんていうか、造りものみたいだったから」
「……だったから?」
「だったから、」
基線が壊れる、頭の隅で誰かがそう叫んでいる。言ったでしょう、僕とあなたは互いを確立しあっているのに、言葉をごまかしたって意味が無いのに、大切にしたいものなど、とうに壊れているのに。造りものはどっちだ。触れるまで、触れでもしなければその熱を確かめられないこの歯痒さを、きっとあなたは知らないのでしょう。言えばなんだって―――ロックオンが言葉にすれば、なんだって形を持って自分の耳に刻み込まれるのに。絶対的なところで線を越えさせないこの男は、失くしたものを両腕に抱えたまま、これから失くすものを平然と眺めているのだ。生き永らえる術を誰かに託してまで。
―――誰に?
「ロッ……、」
耳の後ろの指がざわりと動いて皮膚が総毛立った。違う。あなたは、この旅は、
「あなたはもう、……!」
続く言葉は無い。ただ、額に小さく触れた熱が、微かな音をたてて離れていった。